2014年01月07日

[コラム] ワインレッドの心143

甲府城 天守閣

 甲府城天守閣ごしに望む富士山。一幅の絵としてまことに形がいい。ただ、見たことがない構図だ。山日新聞の新年号に載っていた。

タンザワ面の復元天守台.JPG
タンザワ面の復元天守台


甲州夢小路のオーナー・タンザワさんの広告面だった。JR中央線をはさんで甲府駅北口から眺望した天守閣の想像図だ。だが不思議な建造物だ。天守の北面は4層4階建てのようだが、南西面に少しだけ突き出た屋根を入れて数えると4層5階になる。

甲府城.jpg
甲府城


 今、この天守閣を再建しようという運動が起きている。前出の丹沢さんや甲府商工会議所のメンバーなどが推し進めている。衰退の著しい甲府市中心街を活性化するための起爆剤にしようというのだ。

甲府城天守台実測図.JPG
甲府城天守台実測図


 研究者によると甲府城は、豊臣秀吉が徳川家康をけん制するために築いた。
現在残された天守台の寸法からすると、その時代では6本の指に入る規模だという。城内からは金箔のついた大作りの瓦も出土している。大阪城に次ぐ大きさだったそうだ。広島大学の三浦教授は、土台から4層5階建てとする論文と想像図を発表、天守閣再建派を元気付けた。しかし、存在を裏付ける図面をはじめ、確かな史料がない。そこが復元への弱みになっている。

金のシャチホコ瓦.JPG
金のシャチホコ瓦

大阪城天守閣.JPG
大阪城天守閣


 関係者によると天守閣の築造自体は難しくないらしい。劣化が目立つ土台に負担をかけないように、敷地の真ん中に心棒を立て、それを軸に各階や破風を建てあげていけば可能で費用も14億円くらいでできるという。だから県民から浄財を募って建築資金にしたらどうかというプランもある。

城郭が分かる甲府城 一番高い所が天守台.jpg
城郭が分かる甲府城 一番高い所が天守台


 こうした熱い想いの一方、再建運動はあまり浸透せず盛り上がっていないのが実感だ。天守閣と城下町をセットにして中心街の賑わいを創り出そうという願いは理解できる。なぜ大きなうねりにならないのだろうか。私見だが甲府城には歴史はあるがドラマがないのだ。大阪城には秀吉やねね、夏冬の陣、江戸城は浅野が吉良を斬りつけた松の廊下や大奥、会津若松には八重の桜。誰もがイメージできる舞台とロマンがある。

 甲府城は豊臣方から徳川に移り、柳沢親子が城下町を整備し小江戸のシンボルになったが、耳目を引いたのは御金蔵破りぐらいだ。ましてや天守閣をめぐる喜怒哀楽の人間模様などドラマチックな出来事は思い浮かばない。どうすればいいのか。無ければ作ればいいのだ。そこから幕が上がってくる。

復元予想図.JPG
復元予想図


 長崎市が奉行所を再現した。展示だけでは役割を理解しにくい。そこでボランティアが劇団を立ち上げ15分の寸劇で御白州の裁きなどを演じている。ネタは長崎犯科帳から抜粋、史実に沿って構成し、人気コンテンツになっている。
天守閣再現はビジネスより文化発掘に力点を置いた方がいいかもしれない。
 
大阪城の観光客.JPG
大阪城の観光客



2014/01/07

里見 建

 
posted by ミルジイ at 13:14| Comment(0) | 日記
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